一切善悪凡夫人(いっさいぜんまくぼんぶにん)、
如来(にょらい)の弘誓願(ぐぜいがん)を聞信
(もんしん)すれば、仏、広大勝解(こうだいしょうげ)の
者(ひと)と言へり、是(こ)の人を分陀利華(ふんだりけ)と
名(な)づく。

ここからは、信心にそなわる五番目の利益です。

人でも人でも阿弥陀如来の本きいただくものを、お釈迦さま
をはじめとするみ仏は、広大勝解の人とほめ分陀利華だと讃えられ
るのです。

浄土真宗では、の関係を「聞即信」と言い、とても大切にします。
阿弥陀如来の(ひろ)く深い誓願のいわれを、ナモアミダブツの名号と
きいただいたその時に往生の因が決定するのです。

その人は仏さまから、ひろく大いなる智慧を得た人(広大勝解の人)と
言われ、また、分陀利華(インドの言葉でプンダリーカ、つまり白蓮華のこと)
とほめられます。

白蓮華は、泥の中から芽を出し美しい花を咲かせます。私の住む世界も
汚れなき清らかな世界ではありませんし、また私自身も煩悩に泥まみれ
で生きています。

そのような私であっても、届けられた阿弥陀如来の名号のはたらきで
私は、泥の中で生きているという自覚のもと、泥に染まらない白い花
の人生、つまりお念仏の人生を生かされ、のちには、成仏の実を
結んでいくのです。

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